静かな時が二人を祝福する。

「――――先輩、入学してからずっとお慕い申しておりました! 私とお付き合いしてください!」

 甘酸っぱい青春よ。

 春――――それは恋の季節。

 蝶は舞い花は咲き乱れ、暖かな春風が新たな時の到来を告げる。

 ある者は新たな出会いを知り、またある者は新たな愛を知る。

「……駄目、ですか?」

 少女の、少しだけ戸惑った声。

「――――いや、駄目も何も」

 フ、という微かな笑い声。




「……私は、女なんだが……なぁ」

 そして嘆息。








































 ソ シ テ 彼 女 ヲ 祝 福 ス
 MAGISTER NEGI MAGI(C)Ken Akamatsu
 TextBY『今居 鉚二』(C)10080yen
 <ネギまで10のお題>(C)「月樹の時黄」(http://www7a.biglobe.ne.jp/~toki-tsuki/)



























「で、結局振ったという訳でござるか。はぁ〜、新しい恋を簡単に棒に振るとは、余程相手に困っていないとみえる」

「ふざけるなっ! 何故私が同性愛に目覚めなければならないっ!」

 目の前で呑気にオレンジジュースを飲みながら、投げやりな口調で喋る少女――――長瀬楓を目の前にして、
龍宮真名は声を荒げた。拳をテーブルに思い切り叩きつけ、ジト目で楓をにらみつける。
 しかし、楓は別段何事もなかったかのように、ストローを使ってオレンジジュースを掻き混ぜている。
 
 春の陽気がアホみたいにうららかな、放課後の食堂練。
 某有名チェーンのコーヒーショップのカフェテラスで、麻帆良中等部三年A組在籍の二人組みはどうでもいい話に
終始していた。
 今日の話題は、真名が今日体験したばかりのとある事件について、である。

 端的に言ってしまえば、それは色恋沙汰だった。それもかなり特殊な。
 今日の昼休みに、真名に一通の手紙が届いた。
 薄桃色の封筒に、可愛らしい丸文字で『龍宮先輩へ』と書かれたそれは、真名の下駄箱の中に無造作に
放り込まれていたらしい。
 中身を見てみると、中にはファンシーな便箋と『昼休みに世界樹前に来てください』という簡素なメッセージが書かれていた。
 差出人の名前も書いていない、極めて不審な手紙だったのだが、律儀な真名はそれを単なるイタズラと取らずに、
わざわざ世界樹へと出向いた。
 
 ――――そして、麻帆良の象徴ともいえる巨大な霊木・世界樹のまん前で、真名は『愛の告白』を受けたらしい。
 それも、中等部二年生の少女に、である。
 とりあえず真名は丁重かつ即座に、その秘密の花園へのお誘いをお断りをしたのだが、少女の方は
どうしても諦め切れなかったらしく、もう延々と理由を問いただしたり自分のどこが至らないのか聞いてみたり
大丈夫最初は痛くないですよとか呟き始めてみたりと、妙にしつこかったから、最終的に真名は少女を無視して
帰ってきてしまったそうだ。実に当たり前のことである。

 それで結局、世界樹から戻る頃には昼休みが終わってしまい、昼食を摂り損ねた真名は空腹のまま授業を受けるはめに
なってしまった。
 六時間目の音楽の時間、クラス全体での合唱中、空腹のあまりお腹が鳴ってしまって思いっきり赤っ恥かいたのは、
もはや真名にとって忘れえぬ屈辱である。

「同性愛同性愛と差別的に扱うのはよろしくないでござるなぁ。相手を想う気持ちがあれば、それ即ち平等なる愛。
むしろ同性愛というのは――――昨今の嘆かわしい恋愛事情とは一線を隔す、ええと、なんだ……プラ、ぷらすちっく?」
 的外れな単語を呟く楓に、真名は
「……プラトニック?」
 と飽きれたような声で訂正を入れた。
「そうそうプラトニック。――――プラトニックな恋愛と言えるのではござらんか?」

 プラトニック。
 『純粋に精神的である』という意味を持ち、よく恋愛について使われる単語である。
 『プラトニック・ラブ』というのはつまり、肉体的な欲望とは違う、純粋に精神的な恋愛のことだ。
 いわゆる純愛ってやつである。

 しかし、そんなロマンチック単語を呟かれたところで、真名は全く同性愛というヤツを肯定する気にはなれなかった。
 当然といえば当然だろう。他人の恋愛は他人の恋愛、自分の恋愛は自分の恋愛なのである。
 他人が肯定するから自分も肯定する、というのはそれこそプラトニック・馬鹿。
 純粋に精神的な馬鹿でしかない。

「あのな、楓。私は別に恋愛の形を求めている訳じゃあない。私は普通で普遍な感覚として、同性を恋愛対象に見てはいないし、
それ以上に見ず知らずの人間に唐突に求愛されて、軽くOKといえる人間じゃない。
 唐突に『私と肉体関係を超越した恋愛してみませんかっ!?』と同性に言われたら引くだろう。普通に」

「それは最初は戸惑うかもしれん。しかし、長い間付き合っていればそんな堅い意志もほぐれ、最終的にはみんなの前で
『私は同性愛者です』と胸張っていえる時が来ることもあろう。結局、何だかんだで人間は幸せに帳尻を合わせる生き物でござるし」

「絶対に有り得ん」

「いやいや、最近テレビでよくやってるじゃないでござるか。『どうもー、ハードゲイでーす』って叫ぶ黒革ボンテージスーツの
御仁が。ゲイというのは男の同性愛者、しかもハードと来たら想像を絶する同性愛者と」

「それは単なる芸風だろう馬鹿っ! このプラトニック馬鹿!」

「最終的には真名もボンテージスーツで同性愛を叫びながら舞台に立つ時が」

「一回死ねッ!」

 完全に自分をからかってるとしか思えない楓の言葉に、真名は手近にあった椅子を思い切りぶん投げることで反論する。
 しかし、狙い済ました椅子の一撃を、楓は何の事はないと首をすくめて避ける。
 目標を失った椅子は、近くの見知らぬ男に直撃した気がしたが、特に気にしないことにした。

「危ないでござるなぁ。あんなのが当たったら、拙者の首の骨とかが折れてさぁ大変」

 体勢を元に戻し、空になったオレンジジュースの容器をずるずるとストローで啜りながら、楓はとぼけたように言う。
 もはや『行儀が悪い』とツッコミを入れる気力さえ、真名にはない。

「まぁしかし、実際の話」

 だはぁ、と溜め息をついて、疲れたようにうつむく真名を眺めながら、楓は少し真剣な面持ちで言葉を投げ掛ける。
 楓のプラトニック・馬鹿からの唐突な態度の変化に、真名は少し驚いたように顔をあげた。

「いつまでもいつまでも恋愛に悲観的だと、良くないんじゃないでござるか? それがどのような形であろうと、
人はいつかは誰かを愛し、一緒になるもの。それまでに恋愛経験――――いや、相手の気持ちを汲み取る力がなければ、
それこそ実る恋も実らないのではござらんか」

 もっともなことを言う楓に、しかし真名は素っ気なく、

「私は別に……恋愛という柄でもない」

 と呟くだけで会話を途切った。
 しかし、楓は引こうとしない。むしろ逆に熱の入った様子で言葉を続ける。

「そういう態度が駄目なんではござらぬか? 気持ちはわからんでもないが、どれもこれも『柄じゃない』の一言で
終らせるのは残念なこと。拙者自身、友人として真名のことを案じて――――」

 そこで唐突に、楓の視界が白く染まった。
 反射的に右手を突き出してガードすると、がいん、という軽い音を立てて視界の白が弾かれる。
 驚いて見てみると、それは白い椅子だった。真名が先ほど投げつけた椅子と全く同じタイプの、シンプルな金属の椅子である。

「なっ、真名――――」

 意外そうな、どこか辛そうな口調で言って、楓は視線を真名のいた向かいの席へと移す。
 しかし、そこに座っていたハズの真名も、真名の座っていた椅子さえも、そこにはなかった。
 唐突に起きた出来事に驚いたのか、ざわざわとざわめく他の客達を、楓は見回す。
 客の視線の先を辿れば、食堂練の出口の辺りを突っ走る、真名の姿が見えた。そのままあっという間に真名は食堂練を
飛び出して、建物の影で見えなくなってしまう。

 ――――真名が、椅子を投げつけて走り去ってしまった――――

 その事実に楓は気がつくが、時既に遅し。
 騒ぎを聞きつけた店員が、警備員と共にこちらへと走りよって来ていた。




>>(中編)に続く

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