少女は問うた。


 ――――ねぇ、私が死んだらどうなるの?


 彼は言った。


 ――――俺が悲しむ。


 少女は問うた。


 ――――ねぇ、あなたが死んだらどうなるの?


 彼は言った。


 ――――お前が悲しむ。










 どちらが欠けても、そこにはいられない。



 まるで、太陽と月のように。







 
" The Sky "








「お前は――――近衛が死んだらどうするんだ?」

 
 龍宮は、たまに突飛なことを言い出す癖がある。
 まるで世間話でもするかのような物言いで、とてつもなく物騒なことを言う龍宮に
露骨に嫌な顔を向けながら、桜咲刹那は溜め息をついた。
 
 麻帆良学園中等部校舎から、少し離れた食堂練にある有名チェーンのオープンカフェのテラスで、刹那と龍宮の二人は、
ただ何をするでもなく、ぐだぐだと時間を潰していた。
 春の陽気が無駄に爽やかな、日曜日の午後。
 『先日受けた仕事の反省会』という名目でカフェに訪れた二人だったが、実際のところは無駄に
コーヒーばかり何杯も飲んでは、どうでもいいような世間話で数時間話し込んでいたのだが、そんな
和やかというか大分投げやりな空気が、龍宮の一言で一変する。


「面白くない冗談だな。どういう意味だ? 私が無力だとでも?」


 明らかな敵意を持って言葉を返す刹那を、右手で制して、龍宮は腰掛けた椅子に深くよっかかった。


「いや、なんとなく、だ。別にお前が弱いという訳じゃない――――ただな」

 
 がた、と龍宮はテーブルに肘をついて身を乗り出す。
 向かい合って座った二人の距離が縮まり、龍宮の鷹のような瞳が近くに来るが、刹那は身じろぎもせずに、
自分のコーヒーカップに注がれたコーヒーを一口啜った。
 既に温くなってしまったホットコーヒーの味は、よくわからない。


「お前の大切な人が失われたら、お前どうなるんだろうかと、思ってな」


 意図の掴めない、しかし趣味の悪い龍宮の質問に、刹那はますます表情を苦くする。
 近衛というのは、彼女達のクラスメイトである、近衛木乃香のことだ。
 近衛家は、代々強靭な魔力を持つ一族の血筋を引いており、その潜在能力は底なしとさえ言われている。
 その中でも特に強大な魔力を所持する木乃香は、近衛家は勿論日本の魔法協会全体の保護対象といって過言ではなく、
刹那はそんな木乃香の護衛のため、木乃香の麻帆良学園中等部入学を機に、同じく麻帆良に転入してきたのだ。
 ――――もっとも、守る者と守られる者以上に、どこか愛情にも似た強い感情を木乃香に対して抱いているようなのだが。


「意味がわからんな。――――何があろうと、私はお嬢様をお守りする。お嬢様が死ぬなど、有り得ん」


 あからさまに不快そうに言い放つと、刹那はポケットから自分の飲んだコーヒー分の代金を取り出し、テーブルに放る。
 椅子に立てかけて置いた長大な竹刀用の袋を担ぐと、少しおどけたような表情の龍宮を一瞥して、さっさと背を向けてしまった。
 そのまま、一度も後ろを振り向かずに歩き始める。背後から「帰るのか?」と龍宮に問われるが、それも無視して
食堂練を後にした。


「やれやれ……」
 

 どんどんと小さくなっていく刹那の後姿を眺めながら、龍宮は手元のコーヒーを一口、口に含む。
 大量の砂糖を混ぜたコーヒーは温く、底に溜まった砂糖のお陰で滅茶苦茶に甘い。


 ――――あれは、死んだらどうするのだろうか?


 龍宮はぼぅ、っと考える。
 その思考が、既に死ぬ事を前提とした考えだということに、龍宮は気がつかないフリをしながら。

 その疑問が、自ら大切なものを失ったために浮かんだものだということに、気がついていながらも。


 ――――死んだら、死んだら……な


 右手を、スカートの腰の辺りに当てる。
 ポケットの中に常に忍ばせている、勾玉の形をした小さなロケットの感触を確かめて、空を見上げた。


 失うものを追いかけるのも、失うことを考える事も、愚かでしかない。


 そんなことは、わかっているつもりだったのに。


 龍宮はぽつ、と呟いた。





 ――――太陽は、まだ空にある。







...Fin














八月十八日、龍宮の日便乗!
ということで、二回目のネギま!で遊ぶさん出席番号の日企画参戦作品です。
前回は茶々丸で、しかも日記だけでしたからねぇー……これでちょっとは参加した気分です。

『死』を身近に置いてきた龍宮と、大切な人を守る故の『死の恐怖』に憑かれた刹那。
経緯も境遇も似ているのに、微かな違いだけで彼女達は正反対の結果を受けている……そんな感じの話です。多分。

さて、次は何を書くかな。

2005.8/18 今井 鉚二
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