愛という安くさいフィルターはしかし、無駄に分厚くて、物事の本質を隠す 虚像と見栄と嘘と虚ろと虚空とカラッポのただそこにある不快な欲望を すべてを美しく見せかける、虚像こそが愛―――― ` love 、 × ` Real 、 人を愛することが、そんなに良い事だろうか。 茶々丸を見るたび、聡美はそんなことばかり考える。 麻帆良学園中等部のマッドサイエンティストこと葉加瀬聡美の、中等部ではおそらくトップクラス、 高等部は愚か大学でさえ通用する強靭な頭脳で持ってしても、 人の言う『恋愛』という事象はあまりに不可解でしかなかった。 愛について、一応は理解しているつもりだ。 たまに憧れてみたりもする。 悪い事だとも思わないし、一個人としてみれば、むしろ恋愛というのはとても良い事だと思えた。 ただ、一人の科学者の立場として考えてみれば、恋愛というものはあまりに不明瞭で傍迷惑な心境でしかない。 要するに恋愛というのは、フィルターみたいなものだ。その本質はあくまで人間の本質的な感情、つまるところの『性欲』とか 『繁殖しよう』という意思でしかなく、それを『恋愛』などという甘ったるいフィルターで包み込んでロマンチックに囁くだけなのだ。 ただ、それが理解できない。 何故、恋愛は万物に存在するのだろうか? そもそも、万物に存在するのか? 最近、そんなことばかり考えている。 茶々丸はロボットだ。自我を持っていても、いくら人間のように振舞っても、ロボットはロボットだ。 血は通っていないし、臓器だってない。死ぬ事もなければ生者の暖かみも無い。 無論、子を孕むことなぞできないから、性欲とか繁殖しようとか、そう言った欲望は持ち合わせていない。 だから、恋愛などできるはずがないのだ。 根本から、恋愛という概念が存在しないのだから。 ――――にも関わらず。 彼女は恋をしている。 それがどうしてもわからなかった。 ロマンチックの一言で片付けられる事象でもない。本質的な存在である彼女に、恋愛なぞできる訳がない。 『あの人を愛せ』とでも命令しない限りは不可能なはずであるし、大体命令で人を愛そうとしたって、それはほとんど恋愛というより 主人と従属者、持ち主と道具の関係でしかなくなる。 無論、『あの人を憎め』と命令を変えればころりと態度を変えてしまうだろう。 しかし、今は違う。 今彼女に、『今、人を愛する事をやめろ』と命令したら、彼女は愛する事をやめるだろうか? 否だろう。それは有り得ない。彼女の人工知能に刻み込まれた恋愛という大きな要素は、おそらく何をしても崩れることなく、ただ 在り続けるに違いない。 不可解だ。 不明瞭だ。 理解の範疇を越える。 一体、彼女は何故人を愛せるのか――――? ……せさん それは本当に愛なのだろうか? 単なるプログラムバグか何か? ……は……さん…… 大体、その愛というものは、一体―――― ……はかせさん…… 「葉加瀬さん? 葉加瀬さーん? 聞いてますかー?」 「……ひゃいっ!?」 突然聞えた担任の声に、聡美の意識は思考の渦からすっと浮かび上がる。 慌てて辺りを見回すと、そこはいつもの三年A組の教室で、周りに座った他の生徒は不思議そうに、あるいは楽しそうにこちらを眺めていて、聡美は我に返った。 視線を真っ直ぐ、目の前に移す。 そこには、簡単な英会話穴埋め問題の書かれた黒板が広がっていて、自分は右手にチョークを握ったまま、ただ教壇に突っ立っていた。 英語の問題解答中、黒板の前で立ち止まって黙りこくってしまった教え子を心配してか、脇に立っている小さな担任教師が、ただ聡美のことを心配そうに見つめている。 「……えと、わからないんでしょうか?」 「あっ、いえいえー、ちょっとボーっとしてしまって……はは」 慌てて取り繕うように言葉を返すと、聡美はさっさと英会話の穴埋めを解いて、チョークを置いてから席へと戻る。 それを見た担任は、「正解です」と呟いてから、問題の説明を始める。先程まで自分の方を見つめていた生徒達の関心が黒板に移り、聡美ははぁと溜め息をついた。 考え事をしていると、周りが見えなくなってしまうのは聡美の癖である。というより、研究者肌の人間は大半そんなもので、ずば抜けた集中力が 逆に集中を乱すという、訳のわからない心象状態に陥ってしまうのはしょっちゅうだった。 ただ、その考えの内容が内容だ。 英語の授業中、黒板の前に立ってずーっと考えていたことが、こともあろうに自己の恋愛論とは。全く顔から火の出る思いだ、と聡美は思い、苦笑した。 やがて、淡々とした授業が再び始まる。 ――――ただ一つ、もしかしてだけど―――― ――――人の持った恋愛という感情こそが単なる虚像でしかなく―――― ――――彼女の、茶々丸の知る愛という感情こそが、真に『人を好きになる』ということ―――― ――――純粋な、愛なのではないか―――― ――――ただ、そんなつまらない言葉ばかりが頭に浮かんで。 ――――聡美は、英語の教科書を閉じた。 ――――――――窓から射し込む光だけは、ただ現実であれ――――――――
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