私は――必要なんだろうか?












救えん奴等に花束を










「超ー、ちょっと来てくれるー?」
 麻帆良学園工学部の一室に、間延びした少女の声が響き渡る。
 季節は既に冬に片足を突っ込み、部屋にはぴんと張り詰めたような冷気と、静かな朝の静寂が漂っていた。
 ほぼ無音に近い部屋に、その声はよく通り、ソファに寝転がって
静かに寝息をたてていた彼女を起すには、十分過ぎる大きさで聞えた。

「……ん、むむむ……」

 もそり、とソファの上の毛布が蠢く。
 半ば毛布にくるまるように眠っていた超は、眠りを阻害された腹立たしさからか、
ややしかめたような表情で目を開き、のっそりと緩慢な動作で起き上がった。

「……ああぁ……くぁ……ぁぁ……」

 それからゆっくり背を伸ばし、大きく欠伸をする。
 自分のいる場所を確認するように視線をめぐらせ、目元をごしごしと擦った。
 少しずつクリアになっていく視界には、乱雑に資料が積まれたテーブルや、
ごっそりとケーブルの繋がったパソコンなどが映る。お世辞にも綺麗とは言えない、
やや埃っぽい部屋。時計はまだ七時を回ったところだった。

 少しは整理整頓をするべきだろう。ここに泊り込む度、超はそう感じる。
 ……いや、そう思ってる超本人は整頓しようとしないので、いつまで経っても部屋は汚いまんまなのだが。

「超ー、超ー?」

「……あー、今いくネー。ちょっと待つヨロシ……」

 超の寝ていた部屋の奥、やや古ぼけた扉の先から再び聞えた間延びした声に、
超は適当に相槌を打ち、ゆっくりとソファから降り立った。
 擦り傷やら補修やらでぼろぼろになった板張りの床は、それほど体格の良くない、
むしろやや貧相とも言える超の体重でも、軽く足踏みするだけでみしみしと軋んだ悲鳴をあげる。
 そろそろ改修工事でもしないと、床が抜けてくるんじゃないだろうか。
 そう思いながら、超は緩慢な足取りで部屋の奥へと向かう。その格好は、
昨日この研究室を訪れた時――つまるところ、中学の制服のままだったが、特に気にしなかった。
 まだ半分は開かない目をこじ開け、前かがみの姿勢のままふらふらと歩く。
 途中、腰をテーブルに打ち付けて、上に乗っていた資料をどさどさと床に落としてしまうが、
半睡眠状態の超はそこまで気が回らない。無視してさっさと通り過ぎてしまった。

「あー、葉加瀬・・・どしたネ?」

 先程ぶつけた腰が今更痛んできて、まるで老人のように腰に手を当て背中を丸めた超は、
部屋の奥にある実験室の真ん中に陣取って、何やら巨大なロボットを
がちがちいじくっている少女――葉加瀬聡美に声をかけた。

 今の時期に何故か短パンとTシャツ、白衣姿の葉加瀬は、両手に持った工具を動かす手を止めずに、

「ああー、どうしてもこれが動かなくてー……」

 と、半ば泣きそうな声で言った。
 はて、と思って超はロボットを眺める。
 全長約二メートル・・・といったところだろうか、ドラム缶を模したような丸い胴体には
キャタピラが装着されており、バックパックが付くのだろう、今葉加瀬のいじっている背面の空洞部分からは
コードが延びていて、脇に転がった、二本の筒がくっ付いた長方形の装置に繋がっていた。
 大方、花火打ち上げ用のロボットとかそんなんだろう。バックパックについた二本の筒は、
まさかバズーカでもないだろうし。

「ふーん……エネルギー切れとか、人工知能の欠陥とか……思い当る原因はないネ?」

 ようやく目が覚めてきたのか、両目をぱっちりと開き、超は目の前のドラム缶ロボを睨む。
 その表情は、普段笑っていることの多い超にしては珍しく、険しい。
 別段ロボットに問題がある訳ではなく、単に眠いのが原因なのだろう。

 しかし、そんな超の表情の変化など何ら気にする様子なく、
葉加瀬は「チェックは全て完了してます。配線も組み立ても問題ありません」とやはりめそめそとした物言いで言葉を返した。
 超の顔つきが一層厳しくなる。
 柄にもなく、イラついていた。
 昨日寝不足だったのもあるが、朝っぱらからこんなよくわからんロボットをいじくり、
それで「動かない」なんて泣き言を言う葉加瀬が、妙に腹立たしく思えたのだ。

 葉加瀬は確かに頭がいい。研究者としては優秀だし、友人としてもそこそこ良い奴だとは思う。
 しかし、馬鹿だ。頭が優秀過ぎて、応用が利かなかったり、どこか抜けているところがある。
 頭が悪い、というのは馬鹿とは違う。頭が悪い、勉強ができないってのはそのままの意味だ。
 無能、低脳、無知無学。
 馬鹿というのは、力があるのにそれを上手く利用できなかったり、根底からどこかおかしい奴のこと。
 葉加瀬はまさにそれだった。
 例えば、彼女は魔法の存在を知っている。しかし、あくまで知っているだけであって、それを認めようとしないのだ。
 故に馬鹿。魔法を使えば、今は不可能であることも簡単に可能とすることができる。
 だが、それを認められず、ひたすらに理屈と現実だけで物事を考え、世間一般の常識を自身の常識として理論武装している。
 いわばガキである。物事を理屈的に考えて、新たなものを受け入れられないのは愚か以外の何者でもないのだ。
 ――――故に扱い易い、という利点もあるのだが。

「……何も問題がないのに、ロボットが動かない訳ないネ。機械は素直ヨ、きちんと作れば動くものネ」

「でも、今実際に動かない訳ですし〜」

「じゃ、どっか間違ってたり抜けたりしてるネ。それを直せば済むことヨ」

「いや、どこが間違ってるかわからないから、超を呼んだんじゃあ……」

「――――葉加瀬、このロボットは私が作ったんじゃないヨ。葉加瀬が作った物のことなんて、私は知らんネ」

 超は冷淡に、突き放すように言う。
 それを聞いて、葉加瀬がぐるりと後ろを振り向いた。
 頬が少し削げ、目の下にくまがある。顔色も不健康で、少なくとも二日以上は寝ていない。
 極限状態の表情だった。

 そんな中で聞えた超の辛辣な言葉は、葉加瀬の耳にやかましく響き、反芻した。
 突き放すような言い方。正論だが、友人としては冷たすぎる物言い。
 葉加瀬も珍しく腹が立った。

「そんな言い方ないでしょ。もうちょっと親身になって聞いてくれません?」

「親身も何も、私は正論言ってるだけヨ。動かないのは葉加瀬の責任、私に否はないネ」

「否はなくとも、ここに来た時点で、話を聞いて相談を受ける義務はあるんじゃないですか?」

「知らんヨ。私は呼ばれたから来ただけで、別に相談を受けるとは一言も言ってないアル」

「……子供みたいな言い方ですね? 陳腐な理屈です」

「……あー、そうアルか? ……おかしいネー、葉加瀬は理屈が大好きなんじゃないのかネ?」

「…………!! そこまで言いますか!? 普通!」

「私は事実を言っただけヨ。朝から叩き起こされて、私だって腹立ってるネ」

 そう言われて、葉加瀬は黙り込んでしまった。
 それもそうだ。朝っぱらから超を起したのは自分自身だし、ロボが動かないのも自身の責任だ。
 だがしかし、そんな自らの否を認めながらも、葉加瀬の心には不条理な怒りが宿っていた。

 自分が可哀想だ、とかそういった理由ではない。
 葉加瀬自身、ここ二日間ほとんど不眠不休でロボット製作に打ち込んでいたが、それも全ては自分の趣味からのこと。
 一応依頼を受けて作ったものだが、製作期間にはまだ一週間ほど猶予があるのだから。
 だが、これはそういう問題ではない。

 ただむしょうに腹が立つのだ。超の態度が。
 超は頭脳明晰スポーツ万能、文武両道で料理だって得意だ。
 しかし、それに反して自分が得意なのは勉強や工学くらいだし、
得意といっても超には敵わない。
 超が現れたことによって、自分の存在意義はかなり薄れた、と葉加瀬は思っている。
 だからこそ、自分にしかできない事柄や技術をとにかく強調しなければならなかったのだ。
 そうでなければ、居場所がないのだから。

 だから葉加瀬は自分の居場所を作るために、ロボット製作の依頼も研究も人一倍こなして、
今の地位を確立している。
 正直、心の底では超が嫌いだったのだろう。葉加瀬は。
 彼女の力を認めている。それ故の嫌悪感。
 何故無駄なロボットの製作依頼を自分が受けなければならない?
 最初から超がいなければ、ここまで苦労する必要性だってなかったのではないか。
 何故毎日の研究を怠らず、休むことなく工学の研究に打ち込む私が、一体何で?
 何で超に勝つことができないのか?
 普段は、超の温厚で愛想の良い態度のために、ずっと誤魔化されつづけてきた黒い感情。
 葉加瀬の中で、何かが切れた。

「・・・なんですか? 別にいいじゃないですか。天才なんでしょ? 超は。私よりも全然勉強だって工学だってできるし、
人気者だし、スポーツだって万能だよね?」

「何ネ突然。私はこれ以上話すつもり、ないヨ。葉加瀬疲れてるネ、一度寝て、頭冷やすとヨロシ」

 あくまで超は淡々と言って、踵をかえす。

「逃げるの? 逃げるの超? それは何? 余裕なの? 私なんて相手にしてられないとでも言うの? ねぇ、答えてよ。
答えなさいよ。――――答えろ。答えろ。答えろ」

 葉加瀬は傍らのスパナを握る。

 鈍色で油に塗れた表面が、蛍光灯に照らされてぬらりと輝いた。

 無視を決め込んでいた超が、葉加瀬の変化に気付く。


 もう、遅かった。

 壊れた歯車は、止まらない。

 スパナが振り下ろされる。

 超の驚いた表情。

 ザマアミロ

 消えてしまえ

 ――消えてしまえ、お前なんか――


 ■


 次に葉加瀬が目を覚ましたのは、麻帆良学園都市にある大型病院の一室だった。
 窓際の個室、無機質な白いベッドの上。
 夜風がふわりと頬を撫でて、自分が覚醒しているのだ、と葉加瀬はやっと気が付いた。
 ――――頭が、少し痛む。

「葉加瀬、目が覚めましたか」

 自分が横たわったベッドの左脇から、聞きなれた声が聞えて、葉加瀬はゆっくりと起き上がった。

 上体だけを起して、声の持ち主――エメラルドグリーンの、
どこかエナメル線にも似た無機質な長髪を伸ばし、優しそうな、そしてどこか寂しそうな表情の少女、
絡繰茶々丸の方に視線を移した。
 葉加瀬の製作したロボットである茶々丸は、病院の古ぼけたパイプイスに座り、どこか柔らかな視線を葉加瀬へと返した。
「……えーと、私は……」
 状況を把握できていない葉加瀬に、茶々丸は感情の篭らない、
無感動な声で「研究室で葉加瀬が倒れていたのを、超が運んできてくれたんですよ」と言った。
 さらに「寝不足と軽い栄養失調が原因らしいです」と付け加えて、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「超、葉加瀬が目を覚ましました」

 部屋の中をさらに隔てるように、ベッドの周りを覆ったカーテンから顔を出して、
茶々丸は廊下の方に声をかけた。
 そのまま茶々丸は席を外し、入れ替わるように超が病室へと足を踏み入れる。
 古ぼけた床が靴と擦れ、ぎゅぎゅ、と音をたてる。

「葉加瀬、大丈夫だったカ!? 研究室で倒れてた時は本当に驚いたヨ!」

 右手に大きなビニール袋を提げた超は、人懐っこい笑みをその顔に浮かべ、
カーテンを押し開けながらベッドの脇の椅子へと腰を降ろした。
 その姿を見て、葉加瀬は呆気にとられたような表情をする。

「・・・葉加瀬、どしたネ? 鳩が対戦車ライフル喰らったような顔して」

 全く訳がわからない、といった雰囲気で椅子をがりがりとベッドに寄せる超に、
葉加瀬ははっと我に返った。



(――――あれ? なんで私、超がいるのに違和感なんて感じてるんだっけ――――?)



 頭の片隅を過ぎる、自分への疑問に葉加瀬は顔をしかめるが、超の心配そうな表情が視線の隅に映って、思考を中断した。
 きっと、まだ少し混乱しているのだろう。ただでさえ心配をかけたようなのだ、これ以上不安にさせるべきではない。

「い、いや、なんでもないですよー。ちょっとまだ混乱してて」

「そっか、それもそうネ。葉加瀬二日間も寝てなかったらしいからネー・・・全く、研究もほどほどにしないといかんアルよ」

 少し怒ったような口調の超に、葉加瀬はうつむいてしまう。ちょっと気恥ずかしい。

「・・・ま、今回は貧血程度で済んだから良かったけどネ。今度からちゃんと自己管理してくれないと、私面倒見切れないヨ〜」

 くすくす、と笑った超は、うつむいて顔を赤らめる葉加瀬に、「そうだ、これ食べるネ」と、
持っていたビニール袋を手渡した。
 丸い筒のようなものが入ったそれを受け取って、葉加瀬は中をのぞいた。

「うわ、これって――――」

 ビニール袋の中身は、蒸籠だった。葉加瀬にも馴染みのある、丸い筒のようなそれの蓋を、葉加瀬はゆっくりと開ける。
 ふわり、と湯気が立ち上って、葉加瀬のメガネが曇った。

 中に入っていたのは、大きな肉まんだった。何ともいえないいい臭いが、消毒液臭い病院の一室に流れ始める。

「ふふふ、超鈴音の最新作『超保温タイプ全自動マシン蒸籠』と五月の特製肉まんネ!
葉加瀬お腹空いてると思て、持ってきてあげたヨ!」

 ふん、と胸を張って超は言い放ち、「ささ、早いところ食べるネ」と葉加瀬に肉まんを勧める。
 葉加瀬も勧められたままに肉まんを頬張り、顔を綻ばせた。
「ふぁ、おいふぃいでふぅ〜」
 口いっぱいに肉まんを詰め込んだまま言って、もぐもぐとよく味わうように咀嚼する。
 肉汁の溢れる肉まんは、超の最新作らしい蒸籠のお陰か、出来たてと変わらぬ風味を保っていた。
 寒い病院内ではすぐ冷めてしまうだろうに。

 そんな葉加瀬の表情を、超は心底嬉しそうな笑顔で迎えながら、ゆっくりとパイプ椅子から腰を浮かせた。
 パイプ椅子ががりがりと擦れる耳障りな音も気にせず、超は葉加瀬の右脇に位置する、
大きな窓の前に移動する。
 半開きの窓の淵に手を差し込み、一気に開け放った。口の中の肉まんを飲み込んだ葉加瀬は、
突然の超の行動が理解できないまま、ただ窓の方向へと視線を投げかける。

「ふふん、まさかこの私が、肉まんだけで終らせると思たカ? まだお楽しみはこれからヨ! 窓の外を見るヨロシ!」

 くわ、と口を開き、超は窓の外を指差した。
 同時に部屋の電気がぷっつりと切れて、辺りは漆黒に染まった。
 驚いた葉加瀬は、しかし超が指差した方向――――窓の外に向けた視線を、動かさない。
 遠くに見えるビルのような中等部校舎や、大学部の建物が鉛筆のように鎮座したそのさらに上、とっぷりと沈んだ暗闇の奥。
 曇っているために星さえ見えないその暗闇は、しかし次の瞬間、色とりどりの光で染まった。
 
 ひゅ――――――――――・・・・・・・・

 ど――――――――――ん!!

 ぱらぱらぱらぱら・・・・・・

 花火だ。それもでっかい打ち上げの。
 凍えるような冬空の下、赤や青の閃光が上がっては散り、上がっては散りと繰り返す。
 窓に映りこんだ病室の中が、様々な色の花火で染まり、きらきらと輝く。

「どうネ! 葉加瀬が研究室で作ってた、あのロボットが打ち上げてる花火ヨ!
無理言って打ち上げの許可もらったアル!」

「ふぇえ、あれが打ち上げてるんですか? え、どうやって動いたんですか?」

 確か気を失うずっと前、そういえばドラム缶型の花火ロボットを作っていたことを思い出し、
葉加瀬はたまげた様子で超に話し掛ける。
 まだ完全には思い出せていないが、そういえば花火ロボを作っていて、それが動きださずに苦心していたのだけは想起できた。

「ふふーん、どうやったか聞きたいアルか?」

「聞きたいです! あれずっと動かなくて、凄い大変で――――」




 ――――凄い大変で?

 凄い大変で、そして何をして――――





 一瞬、また頭を過ぎった奇妙な感覚に、葉加瀬は再び思考の淵に立たされるが、それを超の声が遮った。

「あれはネ、蹴っ飛ばしたら動き出したヨ。どっかズレてたのかもしれんネ」

「・・・ほぇえ!?」

 葉加瀬は思考の渦から再び現実に叩き戻された。あまりにアホ臭いその理由に、驚いたような、落胆したような表情を見せる。
「ま、機械なんて以外とそんなもんネ。テレビだって叩くと直るしネ〜」
 ははは、と超は笑い、葉加瀬は少し落胆したようにずるる、とベッドの上に倒れこむ。
 やがて、超の笑い声がおさまり、静かな空気が病室へと流れ出す。
 超は再び花火の方へと向き直り、淵に手をかけながら、虚空へと打ちあがるそれを食い入るように見つめ始めた。
 葉加瀬は、そんな超の背中を、ベッドに横たわったまま眺める。
 膝の上に乗っけた蒸籠がちょっぴり熱かった。
 同時に、何だか目頭が熱くなるような、そんな気分に襲われた。
 冬だというのに、汗のような物が頬を伝う。
 葉加瀬はぐっと目元を拭うと、花火へと視線を戻した。
 その超の真心に、感謝しながら。

 打ちあがる大きな花火は、涙のようにはらはらと散っている。












 ■



 ・・・・・・どうだ、読み終わったかね?
 どうだったこの話。面白かったか、つまらなかったか?
 もしくは、夢オチかよ、なんて思ったかね?
 まー、小説で夢オチ的な内容はつまんねーさね。俺だって夢オチはそんなに好きじゃない。
 だから、この話には続きが用意してある。
 救えない続きさ。あるいは読まない方がいい続きだ。
 よほど好奇心旺盛な奴か、こんな話にゃ情感も持てねぇ、って奴は読んでいいかもな。
 まー、前置きはどーでもいいか。
 引き返すなら今のうちだ。別に構わねぇならどうぞ自由にご覧になって。
 『狂乱』本編と言うべきかもな。
 
 これは、さっきの話から少しだけ先のお話――――
































 ■

「・・・終ったのか?」

「ああ、もう寝たヨ。どうやら、記憶の残留はないみたいネ」

 電気が落とされた病院の廊下で、超はにやりと唇を歪めながら、ポケットのそれを取り出した。
 分厚い封筒だった。茶色い質素な感じの封筒の中には、しかし数百万近い現金の束が入っている。

「ほい、これ報酬アル」

 超はそう言って、その茶封筒を目の前の少女――地面に付きそうなほどに長い金髪の、
小柄なクラスメートへ手渡した。

「・・・別に金なぞいらん。ただ、知っていて胸くそが悪いからやってやっただけだからな。
――それより、これはどういうものなんだ?」

 茶封筒を超に突っ返して、金髪の少女はスカートのポケットに手を入れた。
 中から出てきたのは、宇宙を想起させる不可思議な模様の描かれた、懐中時計のようなもの。
 ――――超が言うには、『カシオペア』という道具らしい。

「自分で体験してきてまだわからないカ?それはいわゆるタイムマシン、
魔法を原動力にする特別なアイテムなのアル」

 超は茶封筒をポケットに戻すと、金髪の少女からカシオペアを取り上げ、
素早い手付きで上着の内ポケットに突っ込む。

「そんなことを聞いてるんじゃない。個人の魔力で時間歪曲などできる訳がないだろう?
どういう原理でそれが動いているのか――」

「細かいことは気にしないネ。仕事人は、依頼主を詮索しちゃいけない、と法律で定められてるヨ〜♪」

「おい、ちょっと待て……!」

 超は軽い口調でそう言うと、素早く踵をかえし、非常口のランプが微かに灯る廊下の先へと、
小走りで去って行ってしまう。
 金髪の少女はそれを追いかけようとするが、途中で我に帰ったかのように動きを止めると、
フン、と鼻を鳴らした。
 超の言っていた言葉が思い出されたのだ。


 『――――使う余地のある道具は、残しておくに限るネ――――』


 道具というのは、自分が人を殺めたことも知らず、
寝息を立てているあの少女のことだろうか。
 くくっ、と金髪の少女は――――いや、金色の吸血鬼は忍び笑いを漏らす。
 背後で自らの従者がいぶかしげな表情をしていることには、
気が付く様子もない。

「――――なぁ、茶々丸、可笑しいと思わないか?」

 くくく、と尚も笑いながら、吸血鬼は先程から事を傍観していた従者――――絡繰茶々丸に語りかけた。

「・・・申し訳ありませんが、発言の意図が理解できません、マスター」

 全く訳がわからない、といった返答をする茶々丸に、吸血鬼は、「ははっ」と笑い、


「――――だって、あいつは自分の支配している道具に殺されたんだぞ?
自分の奴隷に殺される主が、どこにいるんだと思ってな――――」

 くっくっく、と吸血鬼は咳き込むように笑う。

「一体、支配されてるのはどっちなんだろうな――――?」

 嘲るようなその笑い声は、しかし誰の耳にも届くことはなく。

 ただただ、歪んだ喜劇の控え室にだけ、集った時が渦巻いて――――





 了



あとがき

『救えん奴等に花束を』は、自分が珍しく書き上げられた短編SSですね。
葉加瀬・超がメインの話となっています。
あくまで投げっ放しのオチで推測の余地を残したのですが、これは単なる説明不足なのではないか、と今更反省。
あとはキャラの心情をイマイチ理解できていなかった点。今後の課題です。

9/12一部改訂

他にも抜けてるところが結構多かったのも反省点。
ああ、もう言わないでおこう。気がつかないでいて。(ぇえぇ
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